スイミングスクールの忘れ物

長男がスイミングスクールに通っていて、講習を受けている間保護者は見学席で子どもの様子を見られるのですが、そこで次男と二人で待っている時のことです。
三列ある長椅子の一番前に座ろうとしたら、前に座っていた人の忘れ物らしい新幹線のおもちゃが置いてありました。次男と二人で座れそうな場所はそこしかなく、仕方なくおもちゃが目の前にある長椅子に座りました。次男は新幹線が大好きなので「ママ~あのおもちゃで遊んでいい?」と聞いてきました。すぐ受け付けに届ければまだ持ち主が受け取れたかも知れないのですが、面倒くさがりの私は三階の見学席から一階の受け付けまでそのおもちゃを届ける気になれませんでした。おもちゃを忘れた親御さんがおもちゃが無いことに気づいてくれると願い、次男には「そのおもちゃは他のお友だちのだから遊ばないで置いておこうね」と言いました。
そして長男の講習時間が終わり、他の保護者も見学席からゾロゾロと退室していくのですが、その間新幹線のおもちゃを忘れた親御さんは現れませんでした。
私は新幹線のおもちゃを受け付けに届けるべきかと考えましたが、とりあえずそのままあった場所に置いたまま見学席を出ようと思いました。すると、後ろから誰かに「すみません、あのおもちゃ坊やの忘れ物じゃないですか?」と声をかけられました。私は「あ、違うんです。あのおもちゃは誰かの忘れ物みたいで…」と言うと「あぁそうなんですね」と言いました。私はあのおもちゃを見ないふりをして立ち去ろうとしたのに、ちゃんと声をかけてくれる人もいるんだと思いました。その後あの方が受け付けにおもちゃを届けてくれたかはわかりませんが、「あぁ自分は冷たい人間だな」と思いました。
嵐のライブ行ったときはみんな同士だと思って声かけるのになぁっと考え込んでしまいました。⇒嵐のライブチケット※おすすめのチケットの探し方と確実に入手する方法

ギブアンドテイク、情けは人の為ならず

20歳くらいの頃、誕生日プレゼントを、あげたらもらったりを、と仲間の間でやっていましたが、1人だけ、もらわなかった人がいました。その人の誕生月にもう1人誕生日の人がいて、その人は、ちゃんとみんなにくれていたので、誕生日プレゼントを、用意してあげたのですが、くれなかった人には、あげなかったです。なぜなら、その人は、私の誕生日の時、プレゼントを、くれなかったからです。ほかの仲間から、あの人も誕生日だよおと、何人も耳打ちされましたが、だって、あの人みんなになにもくれてないじゃん、だからいいんじゃないって、意地悪しました。みんなからなんだから、いくらでもないプレゼントの一つくらい買って渡してあげればいいものの、その人は、すごく嫌な思いしただろうなあと今は思います。冷たい対応を仲間の前で、してしまいました。でも、そうは思っても、あれから何十年も経った今でも、情けは人の為じゃないんだよ、やってやったことに対しては返せよと思います。人間ってそうそう変わらないものですね。大人になって、みんなにいい人を演じることができるようになって、心では、転んでしまえとか、うまくいかなきゃいいのにとか、ブラックな心を持っています。ギブアンドテイク、情けは人の為ならず、そして、因果応報であれと思っています。ってことは、因果応報なら、意地悪した自分も意地悪されるんだろうなあと思いながら、生きています。そう、人は持って生まれた個性は、一生消せないんだと、思います。